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KdV equation from ASD equation

gluonの物理から浅瀬の波の物理へ

最近少し可積分関係のとある記事を書き始めたので、それに関連してマニアックなノート等を作っています。 私自信の復習も兼ねて、学部・大学院の時に作成したノートに大幅修正や加筆を加えつつ、この分野の発展を願って気が向いたら公開していけたら、と思っています。 (そのうち文献リストを作りたいとは思っています。)

副題は敢えてキャッチー(?)なものをつけていますが、かなり誇張や``嘘"が入っています。 具体的な内容について一言でまとめると、gluonを記述するYang-Mills理論の特別な古典解を出す方程式((反)自己双対方程式)から、$$1+1$$次元の浅瀬の孤立波を記述するKorteweg-de Vries(KdV)方程式を導く、というものです。 今回の話は、この(反)自己双対(ASD)方程式とkdV方程式の両方を知っていないと、なかなか面白さが伝わらないのですが、日本語はおろか英語でも文献があまりないので、簡単ではありますが書いてみようと思います。 なお今回の議論は、創始者とも言えるWard氏のアイデアを発展させた、Mason-Woodhouseによる文献[1]に基づきます。

注:

敢えて最初に警告しておきますが、一つの可積分系に焦点を当てて導出しようとすると、かなり議論は煩雑です。 いろいろな仮定が置かれて戸惑うかもしれません。この理由により、KdV方程式とASD方程式両方を知らないとなかなか面白さが分からない、と書きました。しかしながらそれでも面白さを感じて、KdV方程式やASD方程式に興味を持っていただければ幸いです。

余談:

より一般には、多くの、古典可積分系を既述する方程式が、上記の(反)自己双対方程式から導出"される事が知られています。具体的にはKP階層の方程式群、Hitchin方程式、非線形Schr\"odinger方程式、Painlev\'e方程式、Bogomol'nyi方程式、Nahm方程式、Kowalevski's topなどです。 言い換えると、(反)自己双対方程式は古典可積分系の親玉"であり、この理論は古典可積分系の``統一理論"とも言えます。1 なおこの背後にはtwistor理論と呼ばれる、数理物理の理論が存在しますが、これについてはまた別の機会に述べたいと思います。2

KdV方程式とは?

Korteweg-de Vries(KdV)方程式は、空間$$1$$次元の孤立波(soliton)を既述する非線形方程式です。 歴史的には大変重要な方程式なのですが、今回は詳細は置いておき、いきなり方程式の形をまず見てみます。 $$u=u(x,t)$$を$$\mathbb{R}^2$$(空間$$1$$次元と時間$$1$$次元)上の、実数に値を取る滑らかな関数とし、次の偏微分方程式を満たすものとします:

$$ \begin{align} u_t + 6uu_x + u_{xxx} = 0 \end{align} $$

一般に境界条件としては、$$u$$は各時刻に制限した際、($$x$$方向に)急減少という条件を課します。 また一般の関数$$f$$、変数$$s$$につき、(f_s := \dfrac{\partial f}{\partial s})という記号を今後用います。

なお今回は解析しませんが、この方程式の解は上記境界条件の下、よく知られており、例えば \begin{align} u(x,t) = 2 \dfrac{\partial2}{\partial x2}\log( 1 + e^{\eta_1(x,t)} + e^{\eta_2(x,t)} + A e^{\eta_1(x,t) + \eta_2(x,t)}) \end{align} ここで $$\eta_i(x,t) := k_i x - k_i3 t - \theta_i \; (i=1,2)$$, $$(k_1,k_2, \theta_1,\theta_2) \in \mathbb{R}^4$$, $$A := \left(\dfrac{p_1-p_2}{p_1+p_2}\right)2$$とすると、上記KdV方程式の厳密解(!)となることが分かります。 なおこれは$$2$$-soliton解と呼ばれています。

反自己双対(ASD)方程式とは?

次に反自己双対(anti-self-dual、略してASD)方程式について述べます。

これは$$G$$をLie群とした時、$$4$$次元の(向き付け)Riemann多様体上$$M$$のprincipal $$G$$-bundleに付随する方程式で、その曲率$$2$$-formを$$F$$とおくと、 \begin{align} F = - \ast F \end{align} と表せます。ここで$$\ast$$はRiemann多様体(の計量)から定まるHodge作用素で、$$4$$次元の場合、自己準同型すなわち$$\mathrm{End}(\Omega2(M))$$の元、で$$\ast2 = \mathrm{id}_{\Omega2(M)}$$を満たします。 ちなみに局所座標をとってこの方程式を成分で書き下すと、($$G$$のLie代数$$\mathfrak{g}$$に値を取る)$$3$$つの連立方程式になる事に注意してください。 また$$A$$を$$G$$-bundleの接続とすると、$$F = dA + A\wedge A$$(成分で書き下すとLie bracketが現れます)です。

以下、これが出てくる背景について簡単に触れておきます。 詳細は物理系の方は[2]を、数学系の方は[3]を参照してください。

上記幾何学的セットアップは、$$G$$としてcompact semi-simple Lie群を取ると、物理的にはgauge対称性$$G$$を持つ(Euclidean化された)古典的Yang-Mills理論を考える事に対応します。 実際物理の文脈では$$A$$はgauge場あるいはgauge potential、$$F$$はfield strength($$G=U(1)$$の時、電場や磁場に対応)と呼ばれます。物理では理論を定義する方法の一つとして、作用と呼ばれる場($$M$$上の適当なbundleの切断)の(線形でない)汎関数を考えます。特に今の場合、場としてはgauge場(接続)$$A$$のみですが、

gauge不変な$$F$$の$$2$$次までの作用項としては、$$F \wedge \ast F$$, $$F \wedge F$$の2通りが考えられます。3 なお物理の人は前者を運動項(kinetic term)、後者を位相項(topological term)(数学の言葉で言うとPontryagin類)と呼びます。

ここで2つの項の積分値について、 \begin{align} \int_M \mathrm{Tr}{\mathfrak{g}} [F \wedge \ast F] \ge \left| \int_M \mathrm{Tr}{\mathfrak{g}} [F \wedge F] \right| \end{align} が成り立ち、等号成立は$$F = \pm \ast F$$である事実より、 $$F = \pm \ast F$$を満たす時、作用 \begin{align} \int_M \mathrm{Tr}_{\mathfrak{g}} [F \wedge \ast F + \alpha F \wedge F] \end{align} は極小値を取ります。すなわち$$F = \pm \ast F$$の解は、物理的には運動方程式の古典解となるわけです。 特に $$F = \ast F$$を自己双対Yang-Mills方程式(SDYM eq)、$$F = - \ast F$$を反自己双対Yang-Mills方程式(ASDYM eq)と呼びます。この2つの解は、多様体の向きを反転させる作用で入れ替わるため(要するに$$\ast \to - \ast$$)、以後、ASDの方のみ考える事にします。

次元簡約(dimensional reduction)

さてASD方程式を次元簡約する事を考えます。4 本当は計量をうまく選び、場合によっては座標を上手く取らないと行けないのですが、technical detailになりますので、あまり気にしない事にし、途中で適当な仮定を置く事にします。 また以降、Lie群としては$$G=\mathrm{SL}(2, \mathbb{C})$$を選びます。5 一般的な次元簡約は、元の多様体がfibration構造(あるいは多様体へ適切な群の作用がある)を持っていれば形式的には行えるのですが、ここでは(計量を無視した)直積分解$$M = N \times S$$のみ考えます。 この時、$$M$$上の方程式の$$N$$への次元簡約とは、方程式に現れる関数(ここで$$M$$上の切断は全て局所座標をとって、成分で書き下します)が、$$S$$方向の依存性を持たない、すなわち$$S$$上定数(上記の群の作用的には不変である事に対応)である事を要請する事に対応します。

具体的にASD方程式の場合に見てみましょう。ただしKdV方程式を導出するために、以下のようなセットアップを考えます。 まず$$4$$次元多様体$$M$$として直積空間$$\mathbb{R}^4$$で、4つの方向(大域座標)$$t,x,y,z$$を持つものに焦点を当てます。 さらに$$M$$は計量 \begin{align} g = dt \otimes du + du \otimes dt + dx \otimes dx - dy \otimes dy \end{align} を持つとします。これは厳密にはRiemann多様体でもLorentz多様体でも無い事に注意してください。実際に$$g$$の(Sylvesterの)慣性指数は$$(+,+,-,-)$$であり、俗にKlein計量と呼ぶ人もいます。

さてこの時、$$t,x$$と$$y,z$$方向への直積分解($$\mathbb{R}^4 \longrightarrow \mathbb{R}^2{t,x} \times \mathbb{R}^2{y,z}$$)すなわち$$N = \mathbb{R}^2{t,x}$$と$$S = \mathbb{R}^2{y,z}$$を考えます。 ただし計量は自然に分解していない(分解後の計量の直和で書けない)に注意してください。

以上でセットアップは述べましたので、ASD方程式を考えましょう。 ASD方程式は局所座標表示すると$$3$$つの連立方程式で表せる事を先に述べましたが、まず上記の計量のもとで \begin{align} F{tx} = - F{ty} \qquad F{xy} = -F{tz} \qquad F{yz} = F{xz} \end{align} となります。 ここで例えば$$F{yz}$$を次元簡約してみると、$$F{yz} = \partial_y A_z - \partial_z A_y + [A_y, A_z] = [A_y, A_z]$$と書き表せます。 これを他の成分にも適用して \begin{align} & [ \partial_t + A_t, A_x + A_y ] = \partial_x A_t \ & [ \partial_x + A_x - A_y, A_z ] = 0 \ & [ \partial_t + A_t, A_z ] + [ \partial_x + A_x, A_y ] = 0 \end{align} を得ます。 そしてここで$$N$$上のgauge場(接続)ではなくなった2つの成分を$$Q:=A_z$$と$$P:= A_y$$とおく事にします。

Gauge symmetry

次にここでgauge対称性を用います。 gauge理論でよく知られているように、$$N$$は単連結であるから、同じくgauge対称性を用いてgauge場の適当な成分をgauge固定で消去することができ、ここでは$$A_x = P$$とおきます。6 するとASD方程式は \begin{align} & 2[ \partial_t + A_t, P ] = \partial_x A_t \ & \partial_x Q = 0 \ & [ \partial_t + A_t, Q ] + \partial_x P = 0 \end{align} となります。 ここでgauge変換の自由度は、一見すると$$A_x$$の中心化群分だけしか残っていないように見えますが、実際は$$P$$と同じ変換性を持っていれば良く、具体的には$$t$$に依存するgauge変換の自由度がまだ残っていることに注意してください。7

gauge不変な量

次のようなgauge不変料を考えます: \begin{align} \mu(x,t) &= \dfrac{1}{2}\mathrm{Tr}{\mathfrak{sl}(2,\mathbb{C})} [Q2] \ \nu(x,t) &= \mathrm{Tr}{\mathfrak{sl}(2,\mathbb{C})} [PQ] \ u(x,t) &= \dfrac{1}{2}\mathrm{Tr}{\mathfrak{sl}(2,\mathbb{C})} [P2] \end{align} するとASD方程式を用いて、$$\dfrac{\partial}{\partial x} \mu = \mathrm{Tr}{\mathfrak{sl}(2,\mathbb{C})} [QQ_x] = 0$$より、$$\mu$$は$$x$$に依存しないことが分かります。同様に$$\dfrac{\partial}{\partial x} \nu = -\dfrac{\partial}{\partial t} \mu$$が導かれます。 当たり前ですが、gauge不変な量ですので、上で述べたようなgauge固定をしなくてもこの結論は導ける事に注意してください。

Assumption

以降、簡単のために、$$\mu = 0$$と$$\nu = -c (= -\tfrac{1}{2})$$と仮定します。8 また$$Q \in \mathfrak{sl}(2,\mathbb{C})$$であるから、$$\mu = -\det(Q) = 0$$であり、$$Q$$の固有値は2つ共$$0$$である事が分かります。 $$x$$方向のgauge固定後のASD方程式$$\partial_x Q = 0$$を用いると、 \begin{align} \left(\begin{array}{cc} 0 & 0 \ 1 & 0 \end{array}\right) \end{align} と($$\mathrm{SL}(2,\mathbb{C})$$)共役であり、$$t$$方向のgauge対称性はまだ残っているため、$$Q$$をこの値に固定する事ができます。この時点でもまだgauge対称性は、この値と可換な \begin{align} g = \left(\begin{array}{cc} 1 & 0 \ f(t) & 1 \end{array}\right) \end{align} 分($$f(t)$$は$$t$$の、任意の滑らかな関数)だけ残っていることに注意してください。9 この辺はcompact gauge群では起こりえないnon-compact群で議論して初めて現れる現象とも言えますが、地味に重要です。

Component representation

ここまで来ると後はもう力押しです。まず \begin{align} A_t = \left(\begin{array}{cc} \alpha & \beta \ \gamma & -\alpha \end{array}\right) \qquad P = \left(\begin{array}{cc} p & q \ r & -p \end{array}\right) \end{align} と成分表示で書き下すと、$$\mathrm{Tr}[PQ] = -c$$より$$q=-c$$となります。よってASD方程式は \begin{align} & \alpha = \tfrac{1}{2}r_x \qquad \beta = -p_x \ & p_t + \beta r + c\gamma = \tfrac{1}{2} \alpha_x \ & 2 ( - c\alpha - \beta p ) = \tfrac{1}{2} \beta_x \ & r_t + 2( \gamma p - \alpha r ) = \tfrac{1}{2} \gamma_x \end{align} となります。

最初の3つは$$\alpha, \beta, \gamma$$に関して、$$p,r$$で表せる事を意味しています。 さらに4つ目の式は、$$(p2-cr+\tfrac{1}{2}p_x)_x = 0$$となり、$$p2 - r + \tfrac{1}{2}p_x$$は$$t$$の適当な関数になります。ここで仮定としてこの関数が消える事を要請します。10 すると$$u = p2 - cr = -\tfrac{1}{2}p_x$$あるいは$$cr = p2 + \tfrac{1}{2} p_x$$が導かれます。 これで残るは最後の方程式だけになります。

これを$$p_x$$の方程式として書き下し、$$u$$に置き換えると、 \begin{align} u_t + 6uu_x - \tfrac{1}{8}u_{xxx} = 0 \end{align} が得られますが、$$u,x,t$$の適当なスケール変換により、これはKdV方程式に等しいことが分かります。

Summary

以上より計量を適切に選ぶことで、$$\mathrm{SL}(2,\mathbb{C})$$ ASD方程式をgauge固定したものは、KdV方程式にほかならない事を見ました。 他にも同様の議論により様々な古典可積分系ASD方程式から導かれる事が知られています。 他にも同様の議論により様々な古典可積分系ASD方程式から導かれる事が知られています。 初めて見た方は戸惑われるかもしれませんが、全く異なる物理から出てきた方程式がこのような次元還元で結びついている、という現象がある事を覚えていただければ幸いです。

Reference

[1] : ``Integrability, Self-duality, and Twistor Theory", L.J.Mason and N.M.J.Woodhouse https://global.oup.com/academic/product/integrability-self-duality-and-twistor-theory-9780198534983

[2] :

[3]: 『微分幾何学ゲージ理論』、伊藤光弘&茂木勇 http://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320016873


  1. とは言え、私自身、まだまだ統一理論からは程遠いとも思っていますが。

  2. twistor理論は元々、時空・重力を記述する理論として、Roger Penrose氏によって196年代に提唱されたが、現在ではこの試みは失敗したと考えられています。しかしながら数学や可積分系の方に大きな影響を与え、そこで発展したアイデアや手法は、最近では素粒子理論(例えば散乱振幅理論、AdS/CFT対応)の方でも随所で使われています。これについても機会があれば触れたいと思います。}

  3. $$F \wedge F = \ast F \wedge \ast F$$に注意。

  4. 次元還元とも言います。

  5. この選択から非物理的になるため、元のYang-Mills理論の文脈とは切り離す必要があります。

  6. 数学的にはこれはbundleの自明化を行っているに過ぎません。すなわち$$N$$上の$$G$$-bundleと見なした時に、座標近傍を$$N$$全体にとって、座標関数を接続が上記条件を満たすように固定しています。厳密にはnon-compactな多様体ですので、無限遠での振る舞い(境界条件)を決めないといけないのですが、ここは上記条件を満たすように決めたと仮定します。

  7. 言い換えると、この残ったgauge変換のもとで、$$A_x$$と$$P$$は同じ変換性を持ちます。

  8. これをきちんと議論するには、$$y, z$$方向の$$x,t$$に依存する適切な座標変換(すなわち計量の固定)を考える必要があります。これにより$$\mu$$を定数に置くことができますが、この定数が$$0$$である事は仮定です。実はこの値がnon-zeroである時には、非線形Schr\“odinger方程式が導出できます。

  9. この自由度は以後の解析では必要ではなく、KdV方程式には現れません。しかしながらKdV方程式の解を$$\tau$$関数で表現した時の、$$\tau$$関数に対する``gauge自由度"に実は対応しています。

  10. ここも先の仮定と同様、$$x$$方向の$$t$$に依存する座標変換を行う事で正当化できます。