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4次元・2次元対応への入門(2)

この記事は4次元・2次元対応を、場の量子論の基礎を知っている人を想定して簡単にまとめたものです。気が向いたら少しずつ説明を改良していくかもしれません。またその内、数学者向けのものも書えたら、と考えています。


今回着目するのは「4次元・2次元対応」と呼ばれているものであるが、これは人によって指す意味が異なる。 そのため、まずはその点を簡単に整理した後、キーワードの説明に入っていく。

What the terminology "4D/2D correspondence" implies

まず現時点で、4次元・2次元対応と呼べるものは(私が知る限り)以下の4つである。

  1. AGT対応(class S/CFT対応)

  2. GPRR対応(SCI/TQFT対応)

  3. BLLPRR対応(SCFT/chiral algbra対応)

  4. vortex/GLSM対応

まず重要な注意として、上の列挙した用語でAGTとSCFT/chiral alg.以外は私の勝手な造語である。 特に括弧内は、片方は理論を指していて、もう片方は数学的対象を指していたり、適当である事に注意されたい。

上の1.と2.は物理的には同列であり、今回主に扱うのは上2つである。以後、「4次元・2次元対応」と書いた際は、この2つを指すものとする。 *1

なお、3.のトピックとの直接的関連性は知られていないが、ある特殊なセットアップで2.と3.を比較する、といった事は可能である。 *2 また実は4.のトピックは1〜3のいずれのトピックでも意外な形で顔を出す。 (このあたりの事は気が向いたら書く事にする。)

4D QFT and 2D QFT

まず4次元・2次元対応の一般的な主張を述べる。それは、

6次元$N=(2,0)$超共形場理論に付随する4次元$N=2$超対称場の量子論の、超対称性を半分保つ「物理量」が、2次元の共形場理論の「物理量」により(幾何学的に)記述される

というものである。 以後、「6次元$N=(2,0)$超共形場理論に付随する4次元$N=2$超対称場の量子論」というのは長いので、"class S 理論"*3と呼ぶ。また「超対称性を半分保つ物理量」もBPS observables(観測量)とかBPS物理量(BPS quantity)とか呼ぶ。

ひとまず言葉を導入したので、次にその中身の説明をしなくてはいけない。おそらく解説が必要なのは、

の3つであろう。(要するに主張全部だが。) 今回はとりあえず1つ目のclass S 理論を説明する。

1. class S 理論

これについては詳細な説明を別途しようと思うが、ここでは4次元/2次元対応を理解するのに、最低限必要な言葉を述べる。 この言葉は「6次元$N=(2,0)$超共形場理論に付随する4次元$N=2$超対称場の量子論」を指すのであった。

まずは「6次元$N=(2,0)$超共形場理論」について説明する。これは文字通り$N=(2,0)$超共形対称性(説明は略す)を持つ6次元の場の量子論である。

実はこれは場の量子論的には(explicitに構成できていない、という意味において)未定義な理論である。 未定義、というのは大雑把には、Lagragianが知られていない事を意味するのであるが、これは少々不正確である。例えば2次元のminimal模型は、Lagrangianが存在しないが、定義されている。それは共形対称性によって、primary場とそれのなす代数構造(すなわち3点関数の情報)で、任意の局所演算子の、任意の$n$点相関関数が決定されてしまうためである。 *4 よって、場の量子論の定義に、必ずしもLagrangianは必要ないのであるが、残念ながらそういった理論に対し、様々な物理量を計算する手段を持ち合わせていないどころか、体系的に定義する方法すら知られていない。 *5

話を元に戻す。この6次元理論は未定義であるが、M理論を考えると、その存在が示唆される。 M理論の低エネルギー有効理論である11次元超重力理論に、3次元と6次元の安定なsoliton解が存在する事が知られている。このうち、6次元のsoliton解はM5-braneと呼ばれ、重力の自由度を切った際に、このM5-brane上の自由度(M5-braneに束縛された自由度)を記述する場の量子論が存在する事が期待されている。これが「6次元$N=(2,0)$超共形場理論」と読んでいるものに相当する。 *6 もちろんこの事実だけから6次元超共形場理論の存在を確信する事はできないが、ここを議論するのは今回の目的から逸脱するので、ひとまずこれを認める事にする。

ところでこの理論はユニークであろうか?答えは否で、実はsimply-laced (finite) Lie代数(いわゆるADE型)で指定される。 特にA型の場合、すなわち$\mathfrak{su}(K)$(あるいは$\mathfrak{sl}_{\mathbb{C}}(K)=\mathfrak{sl}(K,\mathbb{C})$)の場合を考えてみる。これはM5-braneが$K$枚重なった場合に対応する。 *7

この点についてM理論との関係をもう少しだけ説明しよう。 M5-braneは(安定な)solitonであり、対応するtopological chargeが存在するため、この枚数はwell-definedな電荷である。そして、これらのM5-branesを互いに近づけて重ねると、各M5-braneに付随する「自由度」とその相互作用に加え、複数のM5-braneに付随する「自由度」が、低エネルギーでも残る。 *8 すなわち、元の自由度の和よりも多くの自由度が増える事を意味している。 さらにholographyの解析などから自由度は$K3$に比例することが知られている。 よって、もし6次元超共形場理論が定義された際には、このような振る舞いをする事を何らかの形で示す必要がある。

余談であるが、超共形代数の分類がNahmさんによってなされており、それによると、最も次元が高い超共形場理論は6次元だそうで、これより高次元の超共形場理論は存在しないと考えられている。この次元のヒエラルキーという意味で、この6次元理論は、あらゆる超共形場理論の頂点に君臨するのだが、 *9 それが超弦理論の親玉であるM理論のsolitonと結びついている、というのは興味深い事実であると言える。

さて、6次元$N=(2,0)$超共形場理論の説明を終えたので、次はこの理論は4次元$N=2$超対称場の量子論をどう定義するか、であるが、答えは単純で、「Riemann面でコンパクト化する」、である。 より正確には、「Riemann面上で余次元2の欠陥を許した場合、すなわち穴付きRiemann面*10で、超対称性を半分だけ残るようなうまいコンパクト化(twisted compactification)」を行う。 ここも詳細は今回割愛するが、重要なことは、6次元理論を指定するデータであるsimply-laced Lie代数と、コンパクト化に用いるpunctured Riemann surface*11の対で、4次元理論が決まる、という事実である。次回以降、この事実を踏まえて話を進めていく。

*1:1.については、「対応」の代わりに「関係式」とか「双対性」とかも使われるが、決まった用語はおそらく未だに定着していない。個人的には、英語では"4D/2D correspondence"や"relation"、日本語では『4次元・2次元対応』と呼ぶ事が多い。後で述べる"AGT"については物理側では「対応」、数学側では「関係式」が使われる事が多い、という個人的印象がある。

*2:例えば$T_N$理論の超共形指数の予想式が、$T_N$理論に対応するchiral代数の真空指標として与えられる、など。ただし$T_N$理論のchiral代数は私の知る限り知られていないので、この検証は難しい。

*3:これは(おそらく)Gregory Mooreさんが名付けたもので、私のオリジナルではない。"S"は6次元の、"Six"の頭文字である。なお、似たような3次元超共形場理論をclass R 理論、2次元超共形理論をclass H 理論と呼ぶが、これはほとんど使われていない。

*4:これは任意の次元でもunitaryなら正しい、と信じられている気はするが、まとまった文献がないのですぐには良くわからない。少なくとも偶数次元の、特定のLorentz表現の場についての共形ブロックについては解析的に詳しく調べられている。

*5:全く無いわけではなく、conformal bootstrap法という、数値的にある程度調べる手段は存在する。

*6:なお、3次元の方は、solitonが重い場合、低エネルギー有効理論としてABJM理論と呼ばれるものが知られている。

*7:$K=1$の場合は$\mathfrak{u}(1)$に対応する。

*8:ここは概念的にはD-braneの場合と同じなので、詳しく知りたい方は適切なD-braneの文献を参照のこと。なお、$K$枚のD-braneからは、"古典的"には$\mathfrak{u}(K)$超対称gauge理論が得られ、up to $\mathfrak{u}(1)$で、$\mathfrak{su}(K)$に等しく、先のLie代数に対応する。同様にD型の場合もM理論の枠内で構成できるが、E型については私の知る限り(通常の)M理論の枠内で実現する方法は知られていない。

*9:実際に、適切なコンパクト化によって、低次元の超共形場理論がいろいろ出てくる事が知られている。

*10:genusではなくpunctureを指す。

*11:ここでは各punctureに課す、Lie代数に応じた境界条件も含んでいる。