物理のち数学、時々情報科学、ところによりケーキ

Physics, Information Science, Mathematics and all that

4次元・2次元対応への入門(1)

この記事は4次元・2次元対応を、場の量子論の基礎を知っている人を想定して簡単にまとめたものです。気が向いたら少しずつ説明を改良していくかもしれません。またその内、数学者向けのものも書えたら、と考えています。


まず最初に、背景について、「個人的偏見」を混ぜながら幾らか述べておく。

Introduction : string theory and field theory duality

現在、超対称場の理論あるいは低次元場の理論(2+1次元以下)が知られており、それらの間に密接な関係がある事が知られている。

例えば4次元N=4超対称gauge理論については、S-duality(双対性)と呼ばれる、弱結合領域の物理と強結合領域の物理が等価という主張がある。(この理論はmoduliの原点では共形対称性が量子レベルでも存在し、超共形場理論(以下、SCFTと略す)となっているため、exactな双対性とも言われる。) また4次元N=1超対称gauge理論についても、同様にSeiberg dualityという、異なる理論の(同一のIR固定点にフローするという意味での)等価性が存在する。 このような等価性はIR dualityと呼ばれ、2次元や3次元などの他の次元でもいろいろ知られている。

一方で、低次元場の理論についても、3次元Chern-Simons理論と2次元共形場理論(以下、2D CFTと略す)の間に対応がある事が知られている。特にこれらの低次元場の理論は、数学的にも研究が進んでおり、可積分系などとの関連が数多く指摘されている。

さて、ここで生じる疑問としては、とりあえず

1. これらの等価性を統一的に理解できないか?

2. 他にもこういった等価性はどの程度存在するのか?

3. これらの等価性をどのように用いるのか?

といったものが挙げられる。これらの問に対する答えは、未だに最先端レベルですら満足のゆくものは与えられていない(と少なくとも私は思っている)が、ひとまず(私が理解している範囲内で)部分的な答えだけ(説明はしない)を書いてみようと思う。

最初の問いについては実は、先に上げた超対称場の理論の枠組みをより統一的に(不完全ではあるが)説明する手段が存在する。それは超弦理論による方法である。 *1 もう少しだけ説明すると、基本的な超対称場の理論は、超弦理論における適当なセットアップの、bulk gravity decoupling極限 *2 で実現できる事が知られている。 すなわち場の理論超弦理論のセットアップの間*3に関係がある。 *4

さて次に、この間の対応は1対1だろうか、という疑問が次に思い浮かぶ。 もう少し数学的に書くと、超重力理論の古典解から場の量子論のLagrangianへの写像全単射か、という問いになる。 結論から言ってしまうと、単射でも全射でもなく、さらに多価であるため通常の写像ですらない。 *5

全射でない、というのは、言い換えると、超弦理論の低エネルギー有効理論として書けない場の量子論が存在する事を意味する。実際にそのような場の量子論が存在する事が示されたわけではないが、少なくとも超弦理論でどうやって実現していいか分からない場の量子論は大量に存在する。 *6 *7 いずれにせよ、こういう場の量子論は今回考えない事にすると、写像は一応全射になる。

次に単射でない、という点について述べる。これはある場の量子論が複数の超弦理論で実現できる事を意味している。 これは低エネルギーで残る自由度とその相互作用が同じ事を意味するが、繰り込み群的には驚く事ではない。 先に述べたIR dualityがまさにこの現象に該当する。 *8

この点についてもう少しだけ具体的な話をしておく。低エネルギーで等価な場の量子論を与える異なる超弦理論のセットアップは、適当な操作で移り合う事が多い。しかしこの適当な操作は、低エネルギーの物理には影響を与えない(と考えられている)ために、異なる超弦理論のセットアップが、同じて低エネルギーの物理を与えると解釈される。

最後に、多価性、という点を考える。 これは同じ超弦理論のセットアップから異なるLagrangianが定義される事を意味する。 しかしながら物理的には同じ対象を記述しているはずである。 すなわち、同じ物理的対象が異なるLagrangianで記述される事を意味している。 この現象は先にexact dualityと呼んだものに相当する。 これをIR dualityと比較してUV dualityと呼ぶ事にする。

ごちゃごちゃ書いたが、要約すると以下のようになる。

  • 物理的には等価だが、異なるLagrangianで書ける可能性がある事

  • その異なるLagrangianは、超弦理論のセットアップが異なる場合、と超弦理論からLagrangianが一意に決まらない場合、の2通りが少なくともある事

特に後者の良いアナロジーとしては、Lagrangianを決める事は、座標系や基底を決める事に対応している。 (繰り返しになるが)対象となる物理は、Lagranigianの選び方に依存しない、のである。

さて1つ目の疑問について長々書いてしまったが、2つ目の疑問に移る。 まず正統的なものとしては、超弦理論で実現が知られている場の量子論間のdualityで、超弦理論で「説明」できないものが存在するか、というものである。 これに対する答えは私は知らない。 *9

いずれにせよ超弦理論の文脈で、これまでに見たdulaityとは異質の等価性が現れるとしたら、興味深いであろう。(棒読み)

3.については、「セットアップと人に依る」というのが多分正しい答えである。 ただし主に2つの方向性があり、

  • 数学に対して、新たな予言を与える(その最たる例がおそらくmirror symmetryである。)

  • 物理に対して、新たな計算手法を与える(その際たる例がgauge/gravity対応である。最もこの例では、片方は場の量子論でないのだけど。)

である事だけここでは述べておく。その内、この問には戻ってこようと思う。

さて前置きが長くなったが、以上を踏まえて、次回以降いよいよ「4次元・2次元対応」を解説してみたいと思う。

*1:なおこの超弦理論による方法も、本当は幾つかバリエーションが存在するが、ここでは述べない。

*2:これは基本的には、"適当な"スケール(SQCDスケールやCalabi-Yau cycle scale)に対するzero string length limitに対応するが、セットアップによって異なる。

*3:とりあえずは場の理論のLagrangianの「空間」と超弦理論の低エネルギー有効理論である超重力理論の安定な「古典」解との対応と、ここでは思ってもらってよい。

*4:この対応をどうやって「導出」するか、については述べない。ただ基本的には、D-braneの低エネルギー有効理論がgauge理論で書かれるという事実に基づく古典計算と、超対称性が存在する、という仮定の下に「導出」されている、と思ってもらって差し支えない。

*5:ぶっちゃけてしまうと、そもそもこの写像自体がwell-definedでない!一応ネタばらし?の説明をすると、超弦理論も、超弦理論の低エネルギー有効理論も全て理解されているわけでもないし、また場の量子論が必ずLagrangianで記述される保証もない。もう少し述べると、この写像を通して、超弦理論を場の量子論的視点から理解する事が(一部の人達によって)試みられている、と言っても良い。 本当はこの点を最初から明確に書く方がいいのだけど、私自身統一的にきちんと理解していないし、完璧に理解している人もいないので、敢えてad hocな書き方にしている。この点はご容赦いただきたい。

*6:人によっては、そもそも場の量子論って何、という問いに到達すると思うが、この点については後で(多分) 戻ってくる。

*7:そのような例としては、例えばN=2超対称$SU(N)$ gauge理論に限っても、数多く存在する。基本的に高階の反対称表現の物質場を統一的に超弦理論で実現する方法は知られていない。これはstringの端が2つしかなく、$k(<N/2)$階の足を実現するには、$k$個の足を持つstringが必要であるからである。こういうstringが存在しないわけではないが、今は考えない。

*8:ここも念のため専門家向けの注をつけておく。超弦理論の文脈で、低エネルギーの物理を考える、と言った際には、一般には3つのエネルギースケールがある。すなわち、string スケール、場の理論の(Wilsonianの意味での)cut off スケールとdynamical スケールである。ここでいうcut off スケールはdynamical スケールより大きく、string スケールの質量をもつ自由度を無視できるスケールにとる。そしてLagrangianと言っている時は、このcut off scaleのものを指している事が多いが、ここでの場の量子論はdynamical スケールのものを指している。なお次に述べるexact dualityの話では、dynamical スケールがない。

*9:超弦理論による実現が知られていない場の量子論間のdualityは存在する。例えばexotic Seiberg dualityはそのはずである。See https://arxiv.org/abs/hep-th/9510228, https://arxiv.org/abs/hep-th/9611088 for example.