物理のち数学、時々情報科学、ところによりケーキ

Physics, Information Science, Mathematics and all that

KdV equation from ASD equation

gluonの物理から浅瀬の波の物理へ

最近少し可積分関係のとある記事を書き始めたので、それに関連してマニアックなノート等を作っています。 私自信の復習も兼ねて、学部・大学院の時に作成したノートに大幅修正や加筆を加えつつ、この分野の発展を願って気が向いたら公開していけたら、と思っています。 (そのうち文献リストを作りたいとは思っています。)

副題は敢えてキャッチー(?)なものをつけていますが、かなり誇張や``嘘"が入っています。 具体的な内容について一言でまとめると、gluonを記述するYang-Mills理論の特別な古典解を出す方程式((反)自己双対方程式)から、$$1+1$$次元の浅瀬の孤立波を記述するKorteweg-de Vries(KdV)方程式を導く、というものです。 今回の話は、この(反)自己双対(ASD)方程式とkdV方程式の両方を知っていないと、なかなか面白さが伝わらないのですが、日本語はおろか英語でも文献があまりないので、簡単ではありますが書いてみようと思います。 なお今回の議論は、創始者とも言えるWard氏のアイデアを発展させた、Mason-Woodhouseによる文献[1]に基づきます。

注:

敢えて最初に警告しておきますが、一つの可積分系に焦点を当てて導出しようとすると、かなり議論は煩雑です。 いろいろな仮定が置かれて戸惑うかもしれません。この理由により、KdV方程式とASD方程式両方を知らないとなかなか面白さが分からない、と書きました。しかしながらそれでも面白さを感じて、KdV方程式やASD方程式に興味を持っていただければ幸いです。

余談:

より一般には、多くの、古典可積分系を既述する方程式が、上記の(反)自己双対方程式から導出"される事が知られています。具体的にはKP階層の方程式群、Hitchin方程式、非線形Schr\"odinger方程式、Painlev\'e方程式、Bogomol'nyi方程式、Nahm方程式、Kowalevski's topなどです。 言い換えると、(反)自己双対方程式は古典可積分系の親玉"であり、この理論は古典可積分系の``統一理論"とも言えます。1 なおこの背後にはtwistor理論と呼ばれる、数理物理の理論が存在しますが、これについてはまた別の機会に述べたいと思います。2

KdV方程式とは?

Korteweg-de Vries(KdV)方程式は、空間$$1$$次元の孤立波(soliton)を既述する非線形方程式です。 歴史的には大変重要な方程式なのですが、今回は詳細は置いておき、いきなり方程式の形をまず見てみます。 $$u=u(x,t)$$を$$\mathbb{R}^2$$(空間$$1$$次元と時間$$1$$次元)上の、実数に値を取る滑らかな関数とし、次の偏微分方程式を満たすものとします:

$$ \begin{align} u_t + 6uu_x + u_{xxx} = 0 \end{align} $$

一般に境界条件としては、$$u$$は各時刻に制限した際、($$x$$方向に)急減少という条件を課します。 また一般の関数$$f$$、変数$$s$$につき、(f_s := \dfrac{\partial f}{\partial s})という記号を今後用います。

なお今回は解析しませんが、この方程式の解は上記境界条件の下、よく知られており、例えば \begin{align} u(x,t) = 2 \dfrac{\partial2}{\partial x2}\log( 1 + e^{\eta_1(x,t)} + e^{\eta_2(x,t)} + A e^{\eta_1(x,t) + \eta_2(x,t)}) \end{align} ここで $$\eta_i(x,t) := k_i x - k_i3 t - \theta_i \; (i=1,2)$$, $$(k_1,k_2, \theta_1,\theta_2) \in \mathbb{R}^4$$, $$A := \left(\dfrac{p_1-p_2}{p_1+p_2}\right)2$$とすると、上記KdV方程式の厳密解(!)となることが分かります。 なおこれは$$2$$-soliton解と呼ばれています。

反自己双対(ASD)方程式とは?

次に反自己双対(anti-self-dual、略してASD)方程式について述べます。

これは$$G$$をLie群とした時、$$4$$次元の(向き付け)Riemann多様体上$$M$$のprincipal $$G$$-bundleに付随する方程式で、その曲率$$2$$-formを$$F$$とおくと、 \begin{align} F = - \ast F \end{align} と表せます。ここで$$\ast$$はRiemann多様体(の計量)から定まるHodge作用素で、$$4$$次元の場合、自己準同型すなわち$$\mathrm{End}(\Omega2(M))$$の元、で$$\ast2 = \mathrm{id}_{\Omega2(M)}$$を満たします。 ちなみに局所座標をとってこの方程式を成分で書き下すと、($$G$$のLie代数$$\mathfrak{g}$$に値を取る)$$3$$つの連立方程式になる事に注意してください。 また$$A$$を$$G$$-bundleの接続とすると、$$F = dA + A\wedge A$$(成分で書き下すとLie bracketが現れます)です。

以下、これが出てくる背景について簡単に触れておきます。 詳細は物理系の方は[2]を、数学系の方は[3]を参照してください。

上記幾何学的セットアップは、$$G$$としてcompact semi-simple Lie群を取ると、物理的にはgauge対称性$$G$$を持つ(Euclidean化された)古典的Yang-Mills理論を考える事に対応します。 実際物理の文脈では$$A$$はgauge場あるいはgauge potential、$$F$$はfield strength($$G=U(1)$$の時、電場や磁場に対応)と呼ばれます。物理では理論を定義する方法の一つとして、作用と呼ばれる場($$M$$上の適当なbundleの切断)の(線形でない)汎関数を考えます。特に今の場合、場としてはgauge場(接続)$$A$$のみですが、

gauge不変な$$F$$の$$2$$次までの作用項としては、$$F \wedge \ast F$$, $$F \wedge F$$の2通りが考えられます。3 なお物理の人は前者を運動項(kinetic term)、後者を位相項(topological term)(数学の言葉で言うとPontryagin類)と呼びます。

ここで2つの項の積分値について、 \begin{align} \int_M \mathrm{Tr}{\mathfrak{g}} [F \wedge \ast F] \ge \left| \int_M \mathrm{Tr}{\mathfrak{g}} [F \wedge F] \right| \end{align} が成り立ち、等号成立は$$F = \pm \ast F$$である事実より、 $$F = \pm \ast F$$を満たす時、作用 \begin{align} \int_M \mathrm{Tr}_{\mathfrak{g}} [F \wedge \ast F + \alpha F \wedge F] \end{align} は極小値を取ります。すなわち$$F = \pm \ast F$$の解は、物理的には運動方程式の古典解となるわけです。 特に $$F = \ast F$$を自己双対Yang-Mills方程式(SDYM eq)、$$F = - \ast F$$を反自己双対Yang-Mills方程式(ASDYM eq)と呼びます。この2つの解は、多様体の向きを反転させる作用で入れ替わるため(要するに$$\ast \to - \ast$$)、以後、ASDの方のみ考える事にします。

次元簡約(dimensional reduction)

さてASD方程式を次元簡約する事を考えます。4 本当は計量をうまく選び、場合によっては座標を上手く取らないと行けないのですが、technical detailになりますので、あまり気にしない事にし、途中で適当な仮定を置く事にします。 また以降、Lie群としては$$G=\mathrm{SL}(2, \mathbb{C})$$を選びます。5 一般的な次元簡約は、元の多様体がfibration構造(あるいは多様体へ適切な群の作用がある)を持っていれば形式的には行えるのですが、ここでは(計量を無視した)直積分解$$M = N \times S$$のみ考えます。 この時、$$M$$上の方程式の$$N$$への次元簡約とは、方程式に現れる関数(ここで$$M$$上の切断は全て局所座標をとって、成分で書き下します)が、$$S$$方向の依存性を持たない、すなわち$$S$$上定数(上記の群の作用的には不変である事に対応)である事を要請する事に対応します。

具体的にASD方程式の場合に見てみましょう。ただしKdV方程式を導出するために、以下のようなセットアップを考えます。 まず$$4$$次元多様体$$M$$として直積空間$$\mathbb{R}^4$$で、4つの方向(大域座標)$$t,x,y,z$$を持つものに焦点を当てます。 さらに$$M$$は計量 \begin{align} g = dt \otimes du + du \otimes dt + dx \otimes dx - dy \otimes dy \end{align} を持つとします。これは厳密にはRiemann多様体でもLorentz多様体でも無い事に注意してください。実際に$$g$$の(Sylvesterの)慣性指数は$$(+,+,-,-)$$であり、俗にKlein計量と呼ぶ人もいます。

さてこの時、$$t,x$$と$$y,z$$方向への直積分解($$\mathbb{R}^4 \longrightarrow \mathbb{R}^2{t,x} \times \mathbb{R}^2{y,z}$$)すなわち$$N = \mathbb{R}^2{t,x}$$と$$S = \mathbb{R}^2{y,z}$$を考えます。 ただし計量は自然に分解していない(分解後の計量の直和で書けない)に注意してください。

以上でセットアップは述べましたので、ASD方程式を考えましょう。 ASD方程式は局所座標表示すると$$3$$つの連立方程式で表せる事を先に述べましたが、まず上記の計量のもとで \begin{align} F{tx} = - F{ty} \qquad F{xy} = -F{tz} \qquad F{yz} = F{xz} \end{align} となります。 ここで例えば$$F{yz}$$を次元簡約してみると、$$F{yz} = \partial_y A_z - \partial_z A_y + [A_y, A_z] = [A_y, A_z]$$と書き表せます。 これを他の成分にも適用して \begin{align} & [ \partial_t + A_t, A_x + A_y ] = \partial_x A_t \ & [ \partial_x + A_x - A_y, A_z ] = 0 \ & [ \partial_t + A_t, A_z ] + [ \partial_x + A_x, A_y ] = 0 \end{align} を得ます。 そしてここで$$N$$上のgauge場(接続)ではなくなった2つの成分を$$Q:=A_z$$と$$P:= A_y$$とおく事にします。

Gauge symmetry

次にここでgauge対称性を用います。 gauge理論でよく知られているように、$$N$$は単連結であるから、同じくgauge対称性を用いてgauge場の適当な成分をgauge固定で消去することができ、ここでは$$A_x = P$$とおきます。6 するとASD方程式は \begin{align} & 2[ \partial_t + A_t, P ] = \partial_x A_t \ & \partial_x Q = 0 \ & [ \partial_t + A_t, Q ] + \partial_x P = 0 \end{align} となります。 ここでgauge変換の自由度は、一見すると$$A_x$$の中心化群分だけしか残っていないように見えますが、実際は$$P$$と同じ変換性を持っていれば良く、具体的には$$t$$に依存するgauge変換の自由度がまだ残っていることに注意してください。7

gauge不変な量

次のようなgauge不変料を考えます: \begin{align} \mu(x,t) &= \dfrac{1}{2}\mathrm{Tr}{\mathfrak{sl}(2,\mathbb{C})} [Q2] \ \nu(x,t) &= \mathrm{Tr}{\mathfrak{sl}(2,\mathbb{C})} [PQ] \ u(x,t) &= \dfrac{1}{2}\mathrm{Tr}{\mathfrak{sl}(2,\mathbb{C})} [P2] \end{align} するとASD方程式を用いて、$$\dfrac{\partial}{\partial x} \mu = \mathrm{Tr}{\mathfrak{sl}(2,\mathbb{C})} [QQ_x] = 0$$より、$$\mu$$は$$x$$に依存しないことが分かります。同様に$$\dfrac{\partial}{\partial x} \nu = -\dfrac{\partial}{\partial t} \mu$$が導かれます。 当たり前ですが、gauge不変な量ですので、上で述べたようなgauge固定をしなくてもこの結論は導ける事に注意してください。

Assumption

以降、簡単のために、$$\mu = 0$$と$$\nu = -c (= -\tfrac{1}{2})$$と仮定します。8 また$$Q \in \mathfrak{sl}(2,\mathbb{C})$$であるから、$$\mu = -\det(Q) = 0$$であり、$$Q$$の固有値は2つ共$$0$$である事が分かります。 $$x$$方向のgauge固定後のASD方程式$$\partial_x Q = 0$$を用いると、 \begin{align} \left(\begin{array}{cc} 0 & 0 \ 1 & 0 \end{array}\right) \end{align} と($$\mathrm{SL}(2,\mathbb{C})$$)共役であり、$$t$$方向のgauge対称性はまだ残っているため、$$Q$$をこの値に固定する事ができます。この時点でもまだgauge対称性は、この値と可換な \begin{align} g = \left(\begin{array}{cc} 1 & 0 \ f(t) & 1 \end{array}\right) \end{align} 分($$f(t)$$は$$t$$の、任意の滑らかな関数)だけ残っていることに注意してください。9 この辺はcompact gauge群では起こりえないnon-compact群で議論して初めて現れる現象とも言えますが、地味に重要です。

Component representation

ここまで来ると後はもう力押しです。まず \begin{align} A_t = \left(\begin{array}{cc} \alpha & \beta \ \gamma & -\alpha \end{array}\right) \qquad P = \left(\begin{array}{cc} p & q \ r & -p \end{array}\right) \end{align} と成分表示で書き下すと、$$\mathrm{Tr}[PQ] = -c$$より$$q=-c$$となります。よってASD方程式は \begin{align} & \alpha = \tfrac{1}{2}r_x \qquad \beta = -p_x \ & p_t + \beta r + c\gamma = \tfrac{1}{2} \alpha_x \ & 2 ( - c\alpha - \beta p ) = \tfrac{1}{2} \beta_x \ & r_t + 2( \gamma p - \alpha r ) = \tfrac{1}{2} \gamma_x \end{align} となります。

最初の3つは$$\alpha, \beta, \gamma$$に関して、$$p,r$$で表せる事を意味しています。 さらに4つ目の式は、$$(p2-cr+\tfrac{1}{2}p_x)_x = 0$$となり、$$p2 - r + \tfrac{1}{2}p_x$$は$$t$$の適当な関数になります。ここで仮定としてこの関数が消える事を要請します。10 すると$$u = p2 - cr = -\tfrac{1}{2}p_x$$あるいは$$cr = p2 + \tfrac{1}{2} p_x$$が導かれます。 これで残るは最後の方程式だけになります。

これを$$p_x$$の方程式として書き下し、$$u$$に置き換えると、 \begin{align} u_t + 6uu_x - \tfrac{1}{8}u_{xxx} = 0 \end{align} が得られますが、$$u,x,t$$の適当なスケール変換により、これはKdV方程式に等しいことが分かります。

Summary

以上より計量を適切に選ぶことで、$$\mathrm{SL}(2,\mathbb{C})$$ ASD方程式をgauge固定したものは、KdV方程式にほかならない事を見ました。 他にも同様の議論により様々な古典可積分系ASD方程式から導かれる事が知られています。 他にも同様の議論により様々な古典可積分系ASD方程式から導かれる事が知られています。 初めて見た方は戸惑われるかもしれませんが、全く異なる物理から出てきた方程式がこのような次元還元で結びついている、という現象がある事を覚えていただければ幸いです。

Reference

[1] : ``Integrability, Self-duality, and Twistor Theory", L.J.Mason and N.M.J.Woodhouse https://global.oup.com/academic/product/integrability-self-duality-and-twistor-theory-9780198534983

[2] :

[3]: 『微分幾何学ゲージ理論』、伊藤光弘&茂木勇 http://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320016873


  1. とは言え、私自身、まだまだ統一理論からは程遠いとも思っていますが。

  2. twistor理論は元々、時空・重力を記述する理論として、Roger Penrose氏によって196年代に提唱されたが、現在ではこの試みは失敗したと考えられています。しかしながら数学や可積分系の方に大きな影響を与え、そこで発展したアイデアや手法は、最近では素粒子理論(例えば散乱振幅理論、AdS/CFT対応)の方でも随所で使われています。これについても機会があれば触れたいと思います。}

  3. $$F \wedge F = \ast F \wedge \ast F$$に注意。

  4. 次元還元とも言います。

  5. この選択から非物理的になるため、元のYang-Mills理論の文脈とは切り離す必要があります。

  6. 数学的にはこれはbundleの自明化を行っているに過ぎません。すなわち$$N$$上の$$G$$-bundleと見なした時に、座標近傍を$$N$$全体にとって、座標関数を接続が上記条件を満たすように固定しています。厳密にはnon-compactな多様体ですので、無限遠での振る舞い(境界条件)を決めないといけないのですが、ここは上記条件を満たすように決めたと仮定します。

  7. 言い換えると、この残ったgauge変換のもとで、$$A_x$$と$$P$$は同じ変換性を持ちます。

  8. これをきちんと議論するには、$$y, z$$方向の$$x,t$$に依存する適切な座標変換(すなわち計量の固定)を考える必要があります。これにより$$\mu$$を定数に置くことができますが、この定数が$$0$$である事は仮定です。実はこの値がnon-zeroである時には、非線形Schr\“odinger方程式が導出できます。

  9. この自由度は以後の解析では必要ではなく、KdV方程式には現れません。しかしながらKdV方程式の解を$$\tau$$関数で表現した時の、$$\tau$$関数に対する``gauge自由度"に実は対応しています。

  10. ここも先の仮定と同様、$$x$$方向の$$t$$に依存する座標変換を行う事で正当化できます。

4次元・2次元対応への入門(2)

この記事は4次元・2次元対応を、場の量子論の基礎を知っている人を想定して簡単にまとめたものです。気が向いたら少しずつ説明を改良していくかもしれません。またその内、数学者向けのものも書えたら、と考えています。


今回着目するのは「4次元・2次元対応」と呼ばれているものであるが、これは人によって指す意味が異なる。 そのため、まずはその点を簡単に整理した後、キーワードの説明に入っていく。

What the terminology "4D/2D correspondence" implies

まず現時点で、4次元・2次元対応と呼べるものは(私が知る限り)以下の4つである。

  1. AGT対応(class S/CFT対応)

  2. GPRR対応(SCI/TQFT対応)

  3. BLLPRR対応(SCFT/chiral algbra対応)

  4. vortex/GLSM対応

まず重要な注意として、上の列挙した用語でAGTとSCFT/chiral alg.以外は私の勝手な造語である。 特に括弧内は、片方は理論を指していて、もう片方は数学的対象を指していたり、適当である事に注意されたい。

上の1.と2.は物理的には同列であり、今回主に扱うのは上2つである。以後、「4次元・2次元対応」と書いた際は、この2つを指すものとする。 *1

なお、3.のトピックとの直接的関連性は知られていないが、ある特殊なセットアップで2.と3.を比較する、といった事は可能である。 *2 また実は4.のトピックは1〜3のいずれのトピックでも意外な形で顔を出す。 (このあたりの事は気が向いたら書く事にする。)

4D QFT and 2D QFT

まず4次元・2次元対応の一般的な主張を述べる。それは、

6次元$N=(2,0)$超共形場理論に付随する4次元$N=2$超対称場の量子論の、超対称性を半分保つ「物理量」が、2次元の共形場理論の「物理量」により(幾何学的に)記述される

というものである。 以後、「6次元$N=(2,0)$超共形場理論に付随する4次元$N=2$超対称場の量子論」というのは長いので、"class S 理論"*3と呼ぶ。また「超対称性を半分保つ物理量」もBPS observables(観測量)とかBPS物理量(BPS quantity)とか呼ぶ。

ひとまず言葉を導入したので、次にその中身の説明をしなくてはいけない。おそらく解説が必要なのは、

の3つであろう。(要するに主張全部だが。) 今回はとりあえず1つ目のclass S 理論を説明する。

1. class S 理論

これについては詳細な説明を別途しようと思うが、ここでは4次元/2次元対応を理解するのに、最低限必要な言葉を述べる。 この言葉は「6次元$N=(2,0)$超共形場理論に付随する4次元$N=2$超対称場の量子論」を指すのであった。

まずは「6次元$N=(2,0)$超共形場理論」について説明する。これは文字通り$N=(2,0)$超共形対称性(説明は略す)を持つ6次元の場の量子論である。

実はこれは場の量子論的には(explicitに構成できていない、という意味において)未定義な理論である。 未定義、というのは大雑把には、Lagragianが知られていない事を意味するのであるが、これは少々不正確である。例えば2次元のminimal模型は、Lagrangianが存在しないが、定義されている。それは共形対称性によって、primary場とそれのなす代数構造(すなわち3点関数の情報)で、任意の局所演算子の、任意の$n$点相関関数が決定されてしまうためである。 *4 よって、場の量子論の定義に、必ずしもLagrangianは必要ないのであるが、残念ながらそういった理論に対し、様々な物理量を計算する手段を持ち合わせていないどころか、体系的に定義する方法すら知られていない。 *5

話を元に戻す。この6次元理論は未定義であるが、M理論を考えると、その存在が示唆される。 M理論の低エネルギー有効理論である11次元超重力理論に、3次元と6次元の安定なsoliton解が存在する事が知られている。このうち、6次元のsoliton解はM5-braneと呼ばれ、重力の自由度を切った際に、このM5-brane上の自由度(M5-braneに束縛された自由度)を記述する場の量子論が存在する事が期待されている。これが「6次元$N=(2,0)$超共形場理論」と読んでいるものに相当する。 *6 もちろんこの事実だけから6次元超共形場理論の存在を確信する事はできないが、ここを議論するのは今回の目的から逸脱するので、ひとまずこれを認める事にする。

ところでこの理論はユニークであろうか?答えは否で、実はsimply-laced (finite) Lie代数(いわゆるADE型)で指定される。 特にA型の場合、すなわち$\mathfrak{su}(K)$(あるいは$\mathfrak{sl}_{\mathbb{C}}(K)=\mathfrak{sl}(K,\mathbb{C})$)の場合を考えてみる。これはM5-braneが$K$枚重なった場合に対応する。 *7

この点についてM理論との関係をもう少しだけ説明しよう。 M5-braneは(安定な)solitonであり、対応するtopological chargeが存在するため、この枚数はwell-definedな電荷である。そして、これらのM5-branesを互いに近づけて重ねると、各M5-braneに付随する「自由度」とその相互作用に加え、複数のM5-braneに付随する「自由度」が、低エネルギーでも残る。 *8 すなわち、元の自由度の和よりも多くの自由度が増える事を意味している。 さらにholographyの解析などから自由度は$K3$に比例することが知られている。 よって、もし6次元超共形場理論が定義された際には、このような振る舞いをする事を何らかの形で示す必要がある。

余談であるが、超共形代数の分類がNahmさんによってなされており、それによると、最も次元が高い超共形場理論は6次元だそうで、これより高次元の超共形場理論は存在しないと考えられている。この次元のヒエラルキーという意味で、この6次元理論は、あらゆる超共形場理論の頂点に君臨するのだが、 *9 それが超弦理論の親玉であるM理論のsolitonと結びついている、というのは興味深い事実であると言える。

さて、6次元$N=(2,0)$超共形場理論の説明を終えたので、次はこの理論は4次元$N=2$超対称場の量子論をどう定義するか、であるが、答えは単純で、「Riemann面でコンパクト化する」、である。 より正確には、「Riemann面上で余次元2の欠陥を許した場合、すなわち穴付きRiemann面*10で、超対称性を半分だけ残るようなうまいコンパクト化(twisted compactification)」を行う。 ここも詳細は今回割愛するが、重要なことは、6次元理論を指定するデータであるsimply-laced Lie代数と、コンパクト化に用いるpunctured Riemann surface*11の対で、4次元理論が決まる、という事実である。次回以降、この事実を踏まえて話を進めていく。

*1:1.については、「対応」の代わりに「関係式」とか「双対性」とかも使われるが、決まった用語はおそらく未だに定着していない。個人的には、英語では"4D/2D correspondence"や"relation"、日本語では『4次元・2次元対応』と呼ぶ事が多い。後で述べる"AGT"については物理側では「対応」、数学側では「関係式」が使われる事が多い、という個人的印象がある。

*2:例えば$T_N$理論の超共形指数の予想式が、$T_N$理論に対応するchiral代数の真空指標として与えられる、など。ただし$T_N$理論のchiral代数は私の知る限り知られていないので、この検証は難しい。

*3:これは(おそらく)Gregory Mooreさんが名付けたもので、私のオリジナルではない。"S"は6次元の、"Six"の頭文字である。なお、似たような3次元超共形場理論をclass R 理論、2次元超共形理論をclass H 理論と呼ぶが、これはほとんど使われていない。

*4:これは任意の次元でもunitaryなら正しい、と信じられている気はするが、まとまった文献がないのですぐには良くわからない。少なくとも偶数次元の、特定のLorentz表現の場についての共形ブロックについては解析的に詳しく調べられている。

*5:全く無いわけではなく、conformal bootstrap法という、数値的にある程度調べる手段は存在する。

*6:なお、3次元の方は、solitonが重い場合、低エネルギー有効理論としてABJM理論と呼ばれるものが知られている。

*7:$K=1$の場合は$\mathfrak{u}(1)$に対応する。

*8:ここは概念的にはD-braneの場合と同じなので、詳しく知りたい方は適切なD-braneの文献を参照のこと。なお、$K$枚のD-braneからは、"古典的"には$\mathfrak{u}(K)$超対称gauge理論が得られ、up to $\mathfrak{u}(1)$で、$\mathfrak{su}(K)$に等しく、先のLie代数に対応する。同様にD型の場合もM理論の枠内で構成できるが、E型については私の知る限り(通常の)M理論の枠内で実現する方法は知られていない。

*9:実際に、適切なコンパクト化によって、低次元の超共形場理論がいろいろ出てくる事が知られている。

*10:genusではなくpunctureを指す。

*11:ここでは各punctureに課す、Lie代数に応じた境界条件も含んでいる。

4次元・2次元対応への入門(1)

この記事は4次元・2次元対応を、場の量子論の基礎を知っている人を想定して簡単にまとめたものです。気が向いたら少しずつ説明を改良していくかもしれません。またその内、数学者向けのものも書えたら、と考えています。


まず最初に、背景について、「個人的偏見」を混ぜながら幾らか述べておく。

Introduction : string theory and field theory duality

現在、超対称場の理論あるいは低次元場の理論(2+1次元以下)が知られており、それらの間に密接な関係がある事が知られている。

例えば4次元N=4超対称gauge理論については、S-duality(双対性)と呼ばれる、弱結合領域の物理と強結合領域の物理が等価という主張がある。(この理論はmoduliの原点では共形対称性が量子レベルでも存在し、超共形場理論(以下、SCFTと略す)となっているため、exactな双対性とも言われる。) また4次元N=1超対称gauge理論についても、同様にSeiberg dualityという、異なる理論の(同一のIR固定点にフローするという意味での)等価性が存在する。 このような等価性はIR dualityと呼ばれ、2次元や3次元などの他の次元でもいろいろ知られている。

一方で、低次元場の理論についても、3次元Chern-Simons理論と2次元共形場理論(以下、2D CFTと略す)の間に対応がある事が知られている。特にこれらの低次元場の理論は、数学的にも研究が進んでおり、可積分系などとの関連が数多く指摘されている。

さて、ここで生じる疑問としては、とりあえず

1. これらの等価性を統一的に理解できないか?

2. 他にもこういった等価性はどの程度存在するのか?

3. これらの等価性をどのように用いるのか?

といったものが挙げられる。これらの問に対する答えは、未だに最先端レベルですら満足のゆくものは与えられていない(と少なくとも私は思っている)が、ひとまず(私が理解している範囲内で)部分的な答えだけ(説明はしない)を書いてみようと思う。

最初の問いについては実は、先に上げた超対称場の理論の枠組みをより統一的に(不完全ではあるが)説明する手段が存在する。それは超弦理論による方法である。 *1 もう少しだけ説明すると、基本的な超対称場の理論は、超弦理論における適当なセットアップの、bulk gravity decoupling極限 *2 で実現できる事が知られている。 すなわち場の理論超弦理論のセットアップの間*3に関係がある。 *4

さて次に、この間の対応は1対1だろうか、という疑問が次に思い浮かぶ。 もう少し数学的に書くと、超重力理論の古典解から場の量子論のLagrangianへの写像全単射か、という問いになる。 結論から言ってしまうと、単射でも全射でもなく、さらに多価であるため通常の写像ですらない。 *5

全射でない、というのは、言い換えると、超弦理論の低エネルギー有効理論として書けない場の量子論が存在する事を意味する。実際にそのような場の量子論が存在する事が示されたわけではないが、少なくとも超弦理論でどうやって実現していいか分からない場の量子論は大量に存在する。 *6 *7 いずれにせよ、こういう場の量子論は今回考えない事にすると、写像は一応全射になる。

次に単射でない、という点について述べる。これはある場の量子論が複数の超弦理論で実現できる事を意味している。 これは低エネルギーで残る自由度とその相互作用が同じ事を意味するが、繰り込み群的には驚く事ではない。 先に述べたIR dualityがまさにこの現象に該当する。 *8

この点についてもう少しだけ具体的な話をしておく。低エネルギーで等価な場の量子論を与える異なる超弦理論のセットアップは、適当な操作で移り合う事が多い。しかしこの適当な操作は、低エネルギーの物理には影響を与えない(と考えられている)ために、異なる超弦理論のセットアップが、同じて低エネルギーの物理を与えると解釈される。

最後に、多価性、という点を考える。 これは同じ超弦理論のセットアップから異なるLagrangianが定義される事を意味する。 しかしながら物理的には同じ対象を記述しているはずである。 すなわち、同じ物理的対象が異なるLagrangianで記述される事を意味している。 この現象は先にexact dualityと呼んだものに相当する。 これをIR dualityと比較してUV dualityと呼ぶ事にする。

ごちゃごちゃ書いたが、要約すると以下のようになる。

  • 物理的には等価だが、異なるLagrangianで書ける可能性がある事

  • その異なるLagrangianは、超弦理論のセットアップが異なる場合、と超弦理論からLagrangianが一意に決まらない場合、の2通りが少なくともある事

特に後者の良いアナロジーとしては、Lagrangianを決める事は、座標系や基底を決める事に対応している。 (繰り返しになるが)対象となる物理は、Lagranigianの選び方に依存しない、のである。

さて1つ目の疑問について長々書いてしまったが、2つ目の疑問に移る。 まず正統的なものとしては、超弦理論で実現が知られている場の量子論間のdualityで、超弦理論で「説明」できないものが存在するか、というものである。 これに対する答えは私は知らない。 *9

いずれにせよ超弦理論の文脈で、これまでに見たdulaityとは異質の等価性が現れるとしたら、興味深いであろう。(棒読み)

3.については、「セットアップと人に依る」というのが多分正しい答えである。 ただし主に2つの方向性があり、

  • 数学に対して、新たな予言を与える(その最たる例がおそらくmirror symmetryである。)

  • 物理に対して、新たな計算手法を与える(その際たる例がgauge/gravity対応である。最もこの例では、片方は場の量子論でないのだけど。)

である事だけここでは述べておく。その内、この問には戻ってこようと思う。

さて前置きが長くなったが、以上を踏まえて、次回以降いよいよ「4次元・2次元対応」を解説してみたいと思う。

*1:なおこの超弦理論による方法も、本当は幾つかバリエーションが存在するが、ここでは述べない。

*2:これは基本的には、"適当な"スケール(SQCDスケールやCalabi-Yau cycle scale)に対するzero string length limitに対応するが、セットアップによって異なる。

*3:とりあえずは場の理論のLagrangianの「空間」と超弦理論の低エネルギー有効理論である超重力理論の安定な「古典」解との対応と、ここでは思ってもらってよい。

*4:この対応をどうやって「導出」するか、については述べない。ただ基本的には、D-braneの低エネルギー有効理論がgauge理論で書かれるという事実に基づく古典計算と、超対称性が存在する、という仮定の下に「導出」されている、と思ってもらって差し支えない。

*5:ぶっちゃけてしまうと、そもそもこの写像自体がwell-definedでない!一応ネタばらし?の説明をすると、超弦理論も、超弦理論の低エネルギー有効理論も全て理解されているわけでもないし、また場の量子論が必ずLagrangianで記述される保証もない。もう少し述べると、この写像を通して、超弦理論を場の量子論的視点から理解する事が(一部の人達によって)試みられている、と言っても良い。 本当はこの点を最初から明確に書く方がいいのだけど、私自身統一的にきちんと理解していないし、完璧に理解している人もいないので、敢えてad hocな書き方にしている。この点はご容赦いただきたい。

*6:人によっては、そもそも場の量子論って何、という問いに到達すると思うが、この点については後で(多分) 戻ってくる。

*7:そのような例としては、例えばN=2超対称$SU(N)$ gauge理論に限っても、数多く存在する。基本的に高階の反対称表現の物質場を統一的に超弦理論で実現する方法は知られていない。これはstringの端が2つしかなく、$k(<N/2)$階の足を実現するには、$k$個の足を持つstringが必要であるからである。こういうstringが存在しないわけではないが、今は考えない。

*8:ここも念のため専門家向けの注をつけておく。超弦理論の文脈で、低エネルギーの物理を考える、と言った際には、一般には3つのエネルギースケールがある。すなわち、string スケール、場の理論の(Wilsonianの意味での)cut off スケールとdynamical スケールである。ここでいうcut off スケールはdynamical スケールより大きく、string スケールの質量をもつ自由度を無視できるスケールにとる。そしてLagrangianと言っている時は、このcut off scaleのものを指している事が多いが、ここでの場の量子論はdynamical スケールのものを指している。なお次に述べるexact dualityの話では、dynamical スケールがない。

*9:超弦理論による実現が知られていない場の量子論間のdualityは存在する。例えばexotic Seiberg dualityはそのはずである。See https://arxiv.org/abs/hep-th/9510228, https://arxiv.org/abs/hep-th/9611088 for example.

dairy custom revisited ?

日記を書こうと思い、枠を作るだけ作って約1年が過ぎた。が、博論と研究で忙しくてそれどころではなく、すっかりと存在を忘れていたので、ちょっと思い出したので改めて書いてみよう、と思う。


思い立ったきっかけは主に3つ。

*何らかの備忘録がやはり欲しい。

Wikipediaの数理物理系の記事に不満を持っていて、自分で加筆しようと思ったが、いざ書いてみると、量的にも内容的にもWikipediaの記事には向かない事が判明。(まあ書く前から薄々気づいていたが。)
そしてどうぜ自己満足なんだからブログでいいのでは、と思ったこと。

*外に公開する事でさらに質を高められるのでは、と考えた事。個人的に発表ってあまり好きじゃないんだけど、やはり第三者の目に晒されないと、どうしても自分に甘くなる。まあ趣味だからそれでもいい、とは思うし、他人に強制させるつもりもないけど、やはり質を高めたいという気持ちもある。

とは言え、日記を更新しなくなる、危険性は大いにあるのだけど。
まあ更新しなくなった時は、都合の言い訳をその時でっち上げることにしよう。



主に書く(というか書ける)内容(2017年10月時点)

*場の量子論や弦理論の話題(古いものから最新のものまで)

多分supersymmetric gauge theory (or superconformal field theory)が多いかも。mirror symmetryやF-theory、topological stringも書くかも。本当はHolographyをきっちり勉強してまとめたいこの頃。

可積分系

これは日記として書くには辛いので、ノートを公開するかも。
学部の時書いたソリトンのノートが(公開・未公開共に)幾つかあるので、それを焼き直せたら、と思う。

*最近は量子情報に関心もあるので、こっち系でも何か(ただし素人レベル)

*勉強している数学(これはころころ変わります)

主に
・knot theory(knot専門外の数学者並の知識はある、と信じている。)
代数幾何(息をするようにderived categoryを考えられるようになるのが理想。sheaf cohomologyすらまともに計算できない現実。)
量子群(研究で使っていた時期もあるが、結局何なのか分かっていない。幾何学的表現論的理解が欲しい。)
整数論(難しい。どちらかというと、代数学の復習をしている時間のほうが長い気も。)
・暗号理論(ノーコメント。)

機械学習統計学全般

書くか未定だけど、あまり他には無い記事を書きたい。

*プログラミング

これは書くとしたら備忘録かな。